最近のテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の中で、主人公のみくりが「労働の対価」について言っていたことに興味をひかれたので、「人の善意や愛情につけ込む『搾取』について」考えてみることにします。

この種のドラマではあまり扱われることのない『労働の対価』。
私は「夫婦、親子、友達… どんな関係においても労働の対価は支払われるべきもの」と思っています。

          妻の労働対価について

アンペイドワーク(=無償労働)は、主に領域的には育児・介護・家事等の家事労働、ボランティア、農作業・自営業等の家族労働に多く見られ、市場経済の外で行われる人間の生命維持・再生産にかかわる自給自足性の強いもの。その多くが女性によって担われていることから男女間のさまざまな不平等を引き起こしている。(日本女性学習財団 用語解説より)

妻の労働は「ただ(無料)」と相場が決まっている。
かと言ってボランティアでもない。
ボランティアなら、まず、とてもいいことをしている気分になれるし、相手にはありがたがってもらえるし、きちんとお礼の言葉を受け取れる。それに、いつやってもやらなくても本人の自由で、やらなくても誰にも文句は言われない。
妻の労働はそれとは全く違う。
夫も、子供も、夫の両親も、妻が、母が、嫁が家族のために働くのは当たり前で、それがありがたいことだとは誰も思わない。
普通は人をただで働かせることはできない。今騒がれているブラック企業でさえ、給料は支払っている。

          女は奴隷

一家の稼ぎ手が夫で、妻が賃金労働をしていない(いわゆる専業主婦)の場合、この夫は家政婦兼、娼婦兼、ベビーシッター兼、介護師を、無料で雇ったという感覚でいる。
「嫁(こういう男に限って妻とは言わず嫁と言う※1)は、家事一切をするのが当たり前で、子育てをするのも当たり前、夫のSEXの相手をするのも当たり前で、夫の親の介護をするのも当たり前。食わせてやっているのだから」
これが男の言い分だ。

では、この不景気な世の中で、夫だけの収入ではやりくりできない場合はどうか。
妻はパートタイムで働きに出て、家計の不足分を埋める。それでも前述した妻の役割は何も減らない。妻が働きに出ることによって、何かのしわ寄せ(例えば、食事の時間が遅れたり、掃除が行き届かなかったり、etc.)が出ると、
「そんな仕事辞めてしまえ!」と偉そうに怒り出す。

妻がフルタイムの仕事をしていたとしても、家での労働量はわずかに減るかもしれないが、相変わらず家事、育児、介護の責任は妻の肩にのしかかり、夫はどこまで行っても「手伝ってやっている」という立場を崩さないので、妻の過重労働による疲労はどんどん蓄積されていく。
また、フルタイムで働いていれば、当然家事育児にかける時間は減ることになるのだが、そのことによる「罪悪感」まで背負わされる。

このように妻の現状を書き出してみると、なんと不平等な、まるで奴隷ではないかと思ってしまう内容だが、これが日本の常識なのだ。
「常識」になってしまうと、この中の不平等に誰も気づかない。

※11947年(昭和22年)に改正された民法と戸籍法、および全ての法律において、廃止された家制度に基づく下記の概念・言葉・法的地位・法的行為も廃止され存在しない。
嫁、婿、舅、姑、義父、義母、義祖父、義祖母、義兄、義弟、義姉、義妹、実家、婚家、本家、分家、家長、家戸籍、嫁ぐ、嫁になる、嫁入り、嫁にやる、嫁にだす、嫁をもらう、婿入り、婿になる、婿にやる、婿にだす、婚家の籍に入る

 

          対等な夫婦関係

「逃げ恥」の中では津崎が雇用主となり、森山みくりは従業員として家事代行の雇用契約を結ぶ。この場合、みくりの報酬は25歳の一般の時間給を計算した上の雇用条件だった。確かに働いた時間分の対価が支払われているのだから、この条件を夫婦になっても維持すれば、それは対等であるかのように見える。
しかし、現在の日本の社会において女性の賃金は男性の8割である。同じ職種、同じ地位、同じ労働時間であったとしても、男性より2割減なのである。
ドラマの中でも、津崎はフルタイムの家事代行サービスに給料を払えるだけの収入があるのに対し、片や、みくりは歯の治療代も工面できず、さらにアルバイトをしなければならないことになる。(もちろんこの場合の職種は違う。しかし、労働時間は同じである)
このように、たとえ妻の家事労働に報酬を支払ったとしても、男女間で賃金格差がある前提では、夫婦の対等関係が成り立つはずがない。
では、夫婦は、どのような経済体制を作れば対等になれるのか。

          私と夫の場合

一般的な常識に流されて行動するのではなく、わずかにでも違和感を感じたら、それを解消するために私たちは話し合って、新しい行動パターンを構築してきた。
私たちは経済を共にして22年余りが経過する。夫だけが働いた時もあれば、私だけが働いたこともある。また二人で同じ仕事に携わった時期もある。
どのような状況下においても、とにかく収入はすべて一度テーブルの上にのせ、そこから必要経費(食費、光熱費、住居費など)、私と夫の同額の小遣いを差し引き、残りは貯金。という形態をとってきた。

家事労働については、「自分のことは自分でする」を一番重視している。だが、どちらかが相手の分も一緒にやった方が効率的な場合、例えば洗濯や食事の後片付けなどは、「その時、手の空いている者がする」または、「それを得意とする者がする」。
食事はもちろん一緒には食べるが、お互いの好みが違うこともあり、別々のメニューの場合も多々ある。自分の食べたいものを自分で作るというのは、最も合理的な手段だと言える。
このパターンに行き着くまでに紆余曲折はあったが、お互いを尊重する素晴らしい方法だと自負している。

          フィンランドでは

では、男女平等世界ランキングでいつもベスト3に入っているフィンランドではどのように、家庭経済が成り立っているのか。
まずほとんどの女性がフルタイムで働いているので、家事労働は平等に分担されているのが普通のようだ。
なので、「妻の無償労働」という言葉で検索しても何もヒットしなかった。
経済においては、夫と妻の収入に差がある場合、収入の多い方が高額の経費(例えば住居費など)を負担しなければならない。
またどちらかが、無収入の場合、収入のある者が収入のない者に、収入額の半分を支払う義務がある。
これらは法律で定められていて、もしそれが実行されなかった場合、過去にさかのぼった分も要求できる。

日本で社会問題になっている「教育」「奨学金」「介護」「不平等」などを、フィンランドではどのように対処しているのか。どれを調べてもフィンランドでは見事な解決策を考え出され、実践されている。
さすがにフィンランドだと、いつも感動を覚える。

Minä pidän Suomesta yhä enemmän sen takia.
(それだからいっそうフィンランドが好きだ。)